7月6日 現在地のない地図

現在地のない地図



道に迷ってみて、わかったことがある。


地図において、「私」(地図を見ている人)の立ち位置がいかに重要かということ。



machi



最近はスマホで検索して目的地に行くことが多くなった。


スマホの地図では「私」の場所が常に更新され、

次はこっち、

次はこっちと方向が示されるため、

行きたい場所に簡単に辿り着くことができる。


しかし実際にはどこをどう歩いてきたのか、

その土地のどの辺りをどう移動したのか、

よくわかっていないことが多い。


だから歩いたものの、タクシーで連れて行ってもらったのと同様、

道を覚えなくなってしまった。

 


これまで地図は尺度の違い、描写の違いがあるだけで、

そうは違わないと思っていた。


しかし目的によって、略し方や描き方の重要なポイントがあることがわかった。


ある日スマホを忘れた私は、

駅に設置してある地図がいくらみてもわからず、

道に迷ったというより…その場から動けなくなってしまった。



chizu



駅にいながらなぜ動けなくなったのか。


それは地図に駅の出口が記されていなかったからだ。


今私が地図を見ている位置がどうしてもわからない。

そこはさほど大きくない駅なのだが、二つの出口がねじれた位置にあり、

駅前はどちらもそう特徴がない。


土地の人ならこっちは何通りに出る方角、

こっちは近くの別の駅に行く方角とわかるのだと思う。


しかし私には地図と目の前の風景を比べても、それがどっちの出口なのか、

さっぱりわからなかった(おまけに駅前は工事していて、目標物が欠けていた)。

 


この問題は地図だけではないと思う。


当たり前、とわかっていることを前提に作られたものは、

主語が欠けた文章のように、

いくら精密な描写があってもだめだ。


お店のチラシでそういうものがあった。

いろいろ書いてあるが、結局一番知りたいことがわからない。

写真を見ると美味しそうだけど、

そのコースはお得なのか損なのか、よくわからないのだ。


おまけに地図もついていなかった。


駅から3分とあるが、住所を調べてわざわざ行くのは結構面倒なことだ。


こういうときは、印刷する前にぜひ印刷屋さんに相談してみてほしい。


あとちょっとお金をかけるだけで、

お客さんの来る人数がぐっと変わってしまう。

商品に自信があるのならなおのこと、新しいお客様と永いお付き合いになる可能性があるのだから。



machi2



話は戻って道に迷った日のつづき。

 

ひさしぶりに行ったその駅はすっかり変わっていた。


新しい鉄道が通り、改装され、以前の面影もなかった。


町に出て迷いながら雨の中を歩いて行くと、

古い町並みが残っていて、

野良猫が軒下で雨宿りしてくつろいでいる。


迷路のような小道と、昔ながらの商店街。

それを割くようにして、大きな道路と鉄道が交差する。


歩いていくと景観は少しずつ変わるのではなく、

突然に新旧の町が交互に現われる。


スマホを忘れてしまったためにさ迷ってしまったが、

野良猫の気分でちょっぴり楽しい散歩となった。



neko
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